吉田雄人の略歴
| 1975年 | 12月3日生まれ 卯年 射手座のA型 |
|---|---|
| 1994年 | 県立横須賀高校卒業(46期生徒会長) |
| 1999年 | 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業 |
| 同年 | イギリス・ロンドンに短期語学留学(約3ヶ月) |
| 2002年 | アクセンチュア株式会社 退社(大学院入学) |
| 2003年 | 横須賀市議会議員 5911票で初当選 |
| 2006年 | 早稲田大学 大学院 政治学修士(地方自治行政)卒業 |
| 2007年 | 横須賀市議会議員 11442票で再選 無所属 |
1975年
12月 3日生まれ 射手座 A型 卯年
本籍地:久村
1991年~1993年 神奈川県立横須賀高校 時代
第46期の生徒会長でした。生徒会長は、1年生の後期と2年生の前期にやってました。生徒会長なのに、授業はサボりがち。あまり「優等生」ではありませんでした(笑)。部活は弓道部(二段)をメインに活動し、ほかに茶道部、文芸部、写真部、囲碁部(六級)、グランチ(ボランティア同好会)などに入っていました。当然「部活に入りすぎでは?」という声は、当時からたくさんありました(笑)。
3年生のころの文化祭では、クラス演劇「ベニスの商人」の脚本を手がけたり、また実行委員企画ではPKO派遣の是非を問う全校生徒参加のイベントをやりました。今では懐かしい思い出です。
部活とは別に、個人誌(写真右)を刊行していました。
1994年~1998年 早稲田大学政治経済学部政治学科 時代
留年したので、5年間大学には通いました。3年生の頃から、一人暮らし。学費以外は、全部アルバイトで稼いでいました。
サークルは主に雄弁会に所属していました。4年間、アイデンティティと他者性の観点から、文化論や自治論、コミュニケーション論を研究・議論していました。このときの活動や仲間は、何ものにも代えがたいものです。
ほかにも、水泳サークルや国際交流のサークルに所属していました。また、4年生の頃、雑誌サークル「第三文学部」を創刊し、発行人を務めていました(写真右)。時代に先駆けた、本格DTP編集の雑誌でした。
3年生からのゼミは、梅森直之ゼミナール(日本政治思想史)に所属していました。卒論は、あえて韓国の小説(鮮于煇「背面」)を取り上げて、イデオロギーの中における「主体性」の揺らぎを批判的に論じました。この論文では、朝鮮半島の2つの特徴に注目しました。ひとつは、民族も言語も宗教も一緒なのに、国家が二つ存在している点。もうひとつは、日本の植民地であった歴史の中では、民族も言語も宗教も違う別の国家であることを強制されていた点です。
4年生の頃は、中止になった早稲田祭復活のため、「祭組」を結成し、二年間にわたり活動していました(そこで行った提言等については→こちら)。けれども、結局学校側の独断により開催には至りませんでした。
1999年 イギリス・ロンドン 短期留学(3ヶ月間)
イギリスの文化・伝統のすばらしさと、時代と不整合を起こしているそのひずみを、肌で感じました。勉強よりも、地元の英国人や、東欧や南米から来ていた友だちと遊んでいた記憶ばかり思い出します(笑)。
1999年~2001年 アクセンチュア株式会社
会社では、本当に多くのことを勉強しました。とくに経営のこと、お金のこと、ITを使った行政改革のこと、プロジェクトマネジメントなどについて、学ぶことができました。具体的には、下記のプロジェクトに参画しました。- 某政府系金融機関 業務統合アプリケーション開発 スタッフ
- 某大手小売業 eコマースサイト開発 スタッフ
- 某中央省庁 電子政府関連事業 プロジェクト管理業務 チームリーダー
- 某地方自治体 電子化プロジェクト 情報化コンサルティング業務 コンサルタント
- 某中央省庁 電子政府関連事業 調達評価業務 チームリーダー
- 某警備会社 危機管理計画作成 チームリーダー
- 各国(5ヶ国)の某中央省庁による行政サービス業績評価手法調査 2ヶ国担当
- 某中央省庁業務アプリケーション ユーザマニュアル作成担当
2002年~2006年 早稲田大学大学院政治学研究科
会社を辞めたときは、政治家という職業を意識していましたが、すぐに政治家になろうと思っていたわけではありませんでした。「中身のない政治家になりたくない」と思っていたので、まずは、勉強することからはじめました。結果的には、勉強の途中で立候補したわけですが、2006年の3月にようやく4年間かけての卒業となりました。政治学の修士号の取得です。論文は「地方議会活性化のためのIT化施策の可能性と限界 ~地方議会IT化施策の事業評価より~」というタイトルです。
2003年4月 横須賀市議会議員 初当選
4月27日の市議会議員選挙で、皆様のお陰さまで、最年少(27歳)・最高位(5,911票)にて当選をさせていただきました。告示日の4月20日は、私が生まれてからちょうど10000日目でした! 残りの10000日は、その恩返しに使いたいと思いました。
2007年4月~ 横須賀市議会議員 再選
4月27日の市議会議員選挙で、皆様のお陰さまで、政令市を除く市町村の統一地方選挙では全国一の得票数(11,442票)にて再選をさせていただきました。2008年4月10日
選挙がある・無いにかかわらず続けてきた駅立ちが、この日1000日を超えました。
回数ではなく日数をカウントしてきましたが、いまだに「○○回」と言われます。
回数ではカウントの基準があいまいになりますので、日数を数えてきました。
ただ、何日駅立ちしたか、というのは、実は、とっても瑣末(さまつ)な話です。
どれだけ伝わったか、その結果、横須賀の町の政治がどれだけ変わったか、
それが大事な話です。
日数をカウントするのは、散歩のとき万歩計を持ち歩くようなもので、自分を励ますために、やっています・・・。